中島悦子「遠回しの夏」

遠回しの夏
                                            中島 悦子

六分の一しか開かない学校の校舎の窓から、すり抜けるように子どもが転落するのは何故か、考えてもわからない。軟体動物のような子どもの骨格では、窓は十分の一開ければいいのではないか。子どもがもっと柔らかくなるのであれば、十八分の一で。最後には閉め切るしかないが。夏は、暑さで窒息してもかまわないから、転落するよりは。

「風通しが悪いな」と文句を言う。むごい人達がむごい教育をして、風通しのことで何かを言う。むごいのは、私達です。そういう教室に扇風機二台があり、蒸し暑い空気をただかきまわす。それを付けたのは手柄でもなんでもありませんから。

サッカーワールドカップでは、日本がどんなに不利でも、「日本のペースですね」と言う解説者が徴用される。セルジオ越後だけが、弱々しい声ではあるが「ボールを取れていないのに、日本のペースとは言えないです」と大本営をたしなめる。

アフリカの風は熱い。しかし、日本の暑さも相当なものである。

N美はちょっとだけずうずうしい。別れた男に「ねぇ、私困っているのよ。仕事紹介して」などとさらっと言える。私が絶滅危惧種だって知ってた? などと言う。そして、「私、あれからマネキン工場に行ってたのよ。体に悪い薬剤をいろいろ固めて、肌色にして、体の部分を全部ばらばらに作ってさぁ。」「裸のマネキンを次から次へと組み立ててごらんなさいよ。すごい重労働なんだから。」としつこくする。あ、マネキンと私とどっちがきれい? 同じポーズとってあげようか? この間、その工場が豪雨で浸水して、マネキン全部溺れちゃったのよぉ。

今日は、食中毒予防の講習会。肉のあとに野菜を切っちゃだめですよ。野菜のあとに肉ですよ。包丁は細菌だらけ。暑い時は、弁当も二時間で腐りますよ。猿の脳味噌も。梅干し入れれば大丈夫というのは違います。

この国の人々は、テレビを見ない方がいいです。簡単に世論操作されてしまうので。視聴率会社には、家族構成も教えず、テレビのインタビューには答えず沈黙を守り、ミステリアスにしていることです。どこにいるかもわからないところに住みましょう。テレビは、東と言えば西がいいとし、じゃあ西にしますというと東はどうなったといい、ほとんど分裂しているのです。報道された当事者は右往左往。当事者も当事者で何の見識もありません。そのあきれかえる報道の分裂っぷりが、中立とは、それに疑問を持つ人々はいないのですか。いつのまにか、みんなが住み替えて別の国ができているといいのに。

保冷剤ばかり増える冷凍庫。保冷剤を凍らせておくために冷凍庫がフル回転している。電気を食う。いつも頭を冷やす必要があるのにそうはしない。どんなに暑くても恒温動物なら頭は大大夫だと思っている。

唐突に激しい雷雨。熱い雨が降り続く。雷雨。氾濫。





                    「木立ち」107号