中島悦子・詩「甘栗」(『マッチ売りの偽書』より)

甘栗

「物語」を信じなくなって数年。甘栗売りとして路上に立っている。甘栗を焼く焼けた小石の渦まきを見るのが一日の仕事。栗は不確実な小惑星のようにぐるぐると磨かれ、地獄のようなかたまりとなって、どれも一日を数秒で終え、何万年かをかきまわす。

かつての「甘栗の使」は死に絶え、今は私ひとり。貴重な甘栗の物語は黒こげになり、今は釜ひとつ。夜十時には店をたたむ。酔っぱらいが「物語」のかけらをあれこれ投げつけてくるが、決して親身にはならず、大臣の物乞いを許さず、釜の番をする。どのような惑星も最後には滅んで、ここにこの栗だけがまわっていると思って。



 

【 26日の「早稲田文学増刊女性号」刊行記念シンポジウム、穂村弘氏と川上未映子氏の対談「詩と幻視〜ワンダーは捏造可能か」の中で、拙作「被流の演技」と「甘栗」がリズムの醍醐味、作者の存在をめぐって話題となりました。ありがとうございました。】