中島悦子「カメレオンの粉」

カメレオンの粉

中島 悦子

砂漠に生きる空白のカメレオンを干物にする


カメレオンはまじないの粉になる。秘かに飲ませるのに成功すれば、カメレオンの寿命と同じになるという。カメレオンの粉は、毒ではない。あくまでまじないの力によると、スークの呪術師に言い含められる。心の中の殺意が現実になるように、なりますようにと。呪術師は灰茶の小さなカメレオンの干物を手品のように動かす。


あるカメレオンは、九ヶ月で孵化し、二ヶ月で成熟、繁殖し、四ヶ月で死ぬ。脊椎動物の中で寿命が最も短い。脊椎動物ほど鈍感なものはなく、いつまでも生きている。だからむしろ、潔く人生、四ヶ月なら四ヶ月なりに生きなければならない。


干物になるには、何日だ。それより、空白になるには何日かかる。


カメレオンの粉


何をしたらいいのか 何をしている場合じゃないのか


昨日すれちがっただけの人間を呪っている
無関係な人間から呪われている
カメレオンの粉を買う周辺では
世界が狭いのか広いのか問題ではない


童話のように虹色の目玉をしたカメレオンが、虹色の干物になって、虹色の粉になる。それが砂漠の砂に混ざっていくという幻想。カメレオンの心だけが混ざっていく砂漠。


世界が狭いのか広いのか問題ではない。


色の分からない砂漠で
風が強く吹く
空白は地形そのものを変えていく


                  「孔雀船」Vol.76