中島悦子「ライン」

ライン
          中島 悦子

先生ったら、つまんない単語でも線を引けって言うんだよね。おかしくない?

つまんない単語は、けっこう押し寄せてきてる。床下、くらいは。これがぬるい。

温泉プール。温泉かプールか、どっちなの! って怒りたくなる(笑)。ぬるい単語も、これですって名指しするといけないでしょ。「私見です」っていくら断っても恐ろしい目に合うことがあるから。口が裂けても言えない。

「双方の思惑」「断固たる対応」「恩恵」「みんな」「合同調査」「発展」「直接交渉」「ハンドメイド」「効果が不明確」「議論」

人間の子どもには、まっすぐ走れるように石灰で線を引く。運動会前はラインを守れときつく言う。それを指導しないと、どんどんと他人のコースに入っていってしまう、不思議な子がけっこういるのだ。その光景は、ただただ愉快だ。

不幸も幸福に変えて、不合格も合格に変えて、悲劇も喜劇に変えて、がんばって生きていきましょうか。長編は中編に、中編は短編にして、簡潔に必要なところだけを書いて生きていきましょうか。

「会長逮捕」「世界最大の花」「早期増税」「街の色」「検査忌避」「再建」「イネ展」

短編は詩に、詩は短歌に、短歌は俳句にしてみましょうか。そのつもりで生きてみましょうか。

今日の影絵の展覧会では、影絵に鏡を使い、美しすぎる無間地獄を表していました。影絵の適切な大きさは何か誰も答えられないでしょう。「適切」。そうすると、どんな映像の集積も「無間地獄」。ユーチューブの短い映像でも、そこから誰かの「思惑」がこぼれ、いやもとい「思い」が流れて、おもしろいように広まって、でも思ったより誰も見てないとか。真実は、流出して。溶解していく。それをあなたも見たでしょう。海の波のように。

小さなはがきを出しておいた。三味線のコンサートにきませんか、三味線のコンサートにきませんか、三味線のコンサートにきませんか、というしつこいはがきを二千枚ほど。三味線がどう思われていようとも、私は好きだから。「過去最高」。

エリカは今、ひとこと文学を模索中ですの。それに、先生が線を引けって言うまで、高めてみせますわ。今年の年賀状の言葉はこれで決まった。

つぶやきは信じない。そのつもりで生きてみましょうか。

夢で出てきた知らない人の顔はみんな後で考えると死者のような気がする。




              「木立ち」108号