広部英一全詩集刊行(思潮社)

 北陸戦後詩を切り開いた抒情詩人、広部英一の全詩集が刊行されました。母の死で詩的開眼を果たし、死者と生者が交感する魂の詩世界を構築した詩人の全貌です。
現代詩手帖」十月号に特集が組まれ、私も「新しき「畝間」へむけて」という小論を書いています。是非、お読みください。



水郷では朝ごとに老若男女が寄り集まり水上に市が立った
川魚売りや山菜売りにまじって人間の涙を売るひとがいた
小壺に溜められた涙は澄んでいて哀しみだけが光っていた
川魚や山菜は売れ残る日があったが日ごと涙は売り切れた
翌朝には新しい涙の小壺が台に並べられ売り場は賑わった


涙を売るひとも涙を買うひともこの世の人達ではないのだ
朝市で自分の涙を売ったり他人の涙を買ったりすることで
彼らはみな死者であることをきっと楽しんでいるのだろう
ビニール袋に入れた涙に前世を泳がせて見ている子がいた
その子の前世は夜店で掬った魚のように金色に輝いていた
(詩集『畝間』より「水上の市」全文)