中島悦子・詩・「八月の黒」(文学界 八月号)

八月の黒
                             中 島 悦 子

それは、小さな舞踏だった。黒い豆粒のような舞踏。喪の人々が散らばってあちらこちらで踊っているのだった。手をつなごうとしてつなげない、輪になろうとしてなれない、形になろうとしてなれない踊りだった。

中には、途中で踊りをやめて祈りはじめる喪の人もあった。祈りの手も涙をぬぐう手もなかった。無言の踊りの中、ただひざまづくように見えた。

忘れられた自動販売機からごとんと何かが出るときがある。道端の古い石に呼び寄せられるような事故がおこることがある。ああ、ここで間違いなくとしか言えず。

小さな舞踏の中で、ただ、寝転んでいるだけの喪の人もあった。何も祈らず、黒の虚空を思っている。その奥にある舞踏の形を思っている。救われない太陽の黒点

ごとんというのは、それぞれの黒い頭の重さであり、血の重さである。慰めの手は出てこない。

喪の人の顔は見えない。どこか笑っているようでもあった。可笑しいことは何ひとつないが、泣くこともできないのだった。喪の太陽だけが、黒く燃えつづけ、輪になろうとしてなれない。



初出「文学界」2009.8